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星を掴めるのか推察中の田舎者の記。 通りすがりの拍手の方、どうもありがとう ございます。
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あっという間に12月です。

1時間も前ですか、自転車乗って郵便局に行ってきました。
うちの地区は川沿いに長細く広がってる地区でして、
我が家は地区のはずれの方に、
局は逆側のはずれの方にあるというような状況でして、
行って帰って20分ちょい、てな感じの距離感です。

ほいで、だーっとチャリを走らせてきたわけですが、
途中水田からモヤがふわーっと道路の方に流れ出てたり、
冬になって日が低くなったのと田んぼに稲がなくなった分、
えらい入射角で反射してくる日差しにまっぶし!とかなったり、
こないだ気付いた橋の上にいる時の川の流れる音の大きさに、
もっかいおお、となったりと、
それなりに楽しい道中だったわけです。

車がないとどーにもならん、てな田舎に住んでいるので、
移動はあっという間でそれなりに便利でもありますが、
こういうのに気付くのは大体自転車か歩きかの時で、
なのでなるーべく車に頼らなくても良いようなふうには生活したいなあ、と。
言っても地区外に出て仕事をしているので、
せめても地区内くらいは、てなレベルではありますが。
何かそういうちょっとした発見があると、
じわじわ気持ちに水分が戻ってくるような感覚があるもんですからね。
たまにはね。


そんなこんなでまたしばしちんたらかんたら生活に戻ります。

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こないだジャガイモの土を落としながら、
祖母の昔の仕事についての話を聞いていたら、
昔祖母はうちの地区にある県の山に杉の木を植えていたのだとか。
その頃は杉の木はまだ単価が高い時代だったから、
どんどん植えていってたのだけれど、
大きくなる頃には杉の木なんて安くなってた、という。

「杉の木が高いままだったらうちの地区も金持ちになっただろう」
と祖母が言いました。
もしホントに杉の木でお金が入る、なんてなことになってたら、
うちの地区は第一級僻地なんてなことになんなかったかなあ、
もっと地区に人がいたかなあ、
町自体も合併なんてしなかったかなあ。
そんなことを思ってしまいます。

ちょっと車で走ると、
周りの山なんて杉の木がものすごく多くて、
この辺だって同じ様に植えたんだろうなあ、
なんてふと考えてみたりして。
何ともうまいこといかないもんだけれど、
見通しなんて難しいもんだけど、
それにしたってこの杉の木はどうにかなんないものなのかなあ。
折角植えたのになあ。

木を活かす、とか山を活かす、とか、
そういうことに興味があります。
ずっと山の子だったからかも知れないけれど。
何か良いアイディアが浮かんで、実行できれば良いのだけれどね。

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鏡餅の話で絶賛盛り上がり中の我が家です。

そもそもはうちの職場で鏡餅を出してきたのが今週で、
「あれ鏡開きとかもう今週じゃね?遅くね?」
と思って父だの祖母だのに、
「鏡開きはいつじゃー!」と問うたところから始まります。
その時は明確な答えを得るに至らなかったものの、
祖母が家庭本暦で調べてくれて、
更に父も本日ラジオでネタを拾ってきて披露してくれたので、
そこそこの知識を身につけました。

まず、あっしは鏡開きは7日だと思ってたんですが、
7日は正月飾りをしまう日、だそうです。
で、鏡開きは11日。
包丁とか刃物で切るのはダメで、
槌や手で割るのが正しいそうですが、
「手で割る…?」つーのがピンとこないのでその辺祖母に尋ねたところ、
昔はひびがはいって、
手でも割りやすかったんだそうです。
そういや最近はパックに入ってるのが基本ですもんね。ひびは入らんですね。
ふむふむ。

しかし餅にひびが入るつーのは、
小さいのならまあ早いかも知れませんが、
でかいとなかなかひびが入らんのでは、と母が言いました。
そこに父がラジオで聞いてきた話が絡みます。
何でも昔は鏡開きは2月の20日頃にやってたそうなのですが、
丁度その頃に徳川某が亡くなり、
縁起がね、とかいうことで今の1月にずれたんだそうですよ。
正月から2月下旬くらいからなら手で割れるくらいひびが入るかもなあ、
と母が納得しちょりました。

で、鏡開きをした餅は、
細かくして炒ったりして春の畑仕事に弁当代わりに持ってったりしたと、
祖母が言ってました。
今もなしだんごなんかはアラレにするからそんな感じかなー、と思います。
保存食にもなるんですね。

という話でした。
カテゴリは悩んで久々に真面目な話にしてみますた。ホント久々ですね。

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新聞に秋山祐徳太子さんという方の聞き書き記事が載ってました。
この方は赤瀬川原平さんの『全面自供!』の中で、
ライカ同盟の話をなさっているあたりで名前をお見かけしたことがあり、
気になって読んでみたのですが、
この人も面白い方なのでした。

昔選挙に出馬して、
落選したんだけどその時の選挙用ポスターが、
美術作品として美術館に収蔵されている、とか、
「無駄っていうのが一番大事」とか、
そういう発言に触れると、
あーこのまま生きてて良いのかなー、なんてなことを思います。
赤瀬川さんの一万円事件の裁判の話を読んでいても感じたことなんですが、
選挙とか裁判とか、
一般的に「お堅い」イメージの場所に、
美術のような「想像を形にしたもの」が入り込める、ていうのは、
とても面白いことだと思うのです。
学校の授業で大切なのはいわゆる5教科で、
実技系はどうしてもウエイトが落ちる、ちゅーイメージがうっすらあって。
そういうものがお堅いものの隙間にうりゃって入ってって、
記録にちゃんと残ってるってすげーなあ、と思うのです。
何か、仕事柄かも知れないのですが。

でもあっしはそっちの、
うりゃって入り込んじゃう方がきっと楽しいだろう、と思うタイプで、
だってもう、
学生で「頭が良い」なんつーのはあんまり褒め言葉にもならんなあ、
て気がするのです。
暗記とか読解のコツが判ってるだけじゃダメで、
何でも応用して話したり形にしたりする方が、
よっぽど頭が良いんだという気がするのです。
何だかそんなことを昔に思って、
それ以来すごくいろいろ面白いものを見つけようとしたりしていたのだけれど、
それもホントはまだ「面白いこと」なんじゃ無いんだろうなあ、という風に、
最近また思いました。
探すだけじゃなくて形にしなくちゃ、
それは学生が「頭が良い」て褒められるのと一緒なんじゃないかっちゅー、
そんな気が、します。

だからもっともっといろんなことをしよう、
思ったことを何とか形にしよう、
それが世間一般様のイメージする「人生に何ら役に立たないもの」でも、
それが出来てた方が自分の人生楽しい、ちゅーんなら、
やっといた方が良い。かも知れない。
秋山さんは御年72歳なんだけど、
「長生きしてますますカゲキに生きたい」なんてなことも仰ってて、
あっしみたいな若輩者がもう何言ったってかなわねーよ、
面白いと感じたものを信じて突っ走ったら、
かっこ良いな、なんて思える年の取り方が出来るんじゃないか、なんて、
そんなことを新聞を読みつつ思ったのでした。

うーん夜中に書いたから随分勢い余った文章なんだろうなあ。
まとまっても無いんだろうなあ。
でもまあ、今一瞬でも自分の中にある疑問に対しての、
まずはひとつの回答例ちゅーこって、
このまま残しといてみます。

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で、昨日は無料端末から書いていたので、
頭の中でまとまらなかった金曜日の話なんですが、
弟氏とグダグダ話しておったのです。

何かモノを作るのはとても楽しいんだけれど、
昔のもの、
例えば1年前のものでも見ると恥ずかしいよねえ、という話。
これはものすごく判って、
結構絵柄がコロコロ変わった時期があったもので、
部屋の片づけをしつつ発見した昔の絵を見ると、
「ぬおわー!」と思わずゴミ箱にザクザク捨ててしまいたくなる感覚。

毎日毎日の過ごし方は、
あんまり大きく変わんないから、
その考え方で行けば1年前のものだってそんな恥ずかしくないはずなんだけど、
どうしてもそうはいかない。
それはまあ「成長してる」ていうひとことで片付けられることも出来るけど、
でも同じ自分なんですよねえ…
何これ何してんのかー!と自分で自分につっこむわけなんですよねえ…
何つーかねえ…
その瞬間瞬間の熱を感じることは出来るけど、
あまりに熱を持ちすぎてたりして、
いたたまれない感が。あります。

こうしている間にも、
何かまた新しい視座を得て、
ちょっとずつ見え方も新しくなっていって、
来年の今頃には今日の記事すら「ぎゃー!」とか言っちゃうんだろうか。
とか思いながら今これを書いております。

うん、だけどそんなこともありつつモノを作るのは結局楽しいんですけどねえ。

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はい昨日も頭痛で撃沈しておりました!

ちょっとホントは前の記事の詳しい話でも書こうかなー、と思ったんですが、
昨日ふと思ったことがあったのでそっちをば。

頭痛な割に雲霧雲霧言ってて書けなかった習字を昨日は書いてました。遅い。
進学のために先生に習えなくなって早5年、
ちーとも上手くならないなー、と思いながら書いてて、
暇があったら先生のところに通い直したく思いつつ。
で、思ったんですけど、
あっしが習ってた先生って、
その習字の会の中でも恐らく5本の指に入るくらい上手な方なんですよねー・・・
更にそっから考えると、
あっしが編入学した先でお世話になった教授も、
学会では超有名人ちゅーか先駆者だっちゅーか、
まあすごい先生でして。

あああっし何か実はすごい人たちに教えてもらってたんだなー、と。

教えてもらってた当時からすごい人達、の認識はあったけれど、
離れてみてやっぱり「いやーやっぱり環境として恵まれてたんだなー。」
なんてなことをしみじみ思ってしまうわけです。
同時代に生きてても普通それだけで終わっちゃう事の方が多いのに。
先の先までなんて見通しは立てらんなくて、
直感と周囲のアドバイスに寄って物事を決めることが多かったけれど、
それでもこんなことがあると、
実はとっても運が良いことなんじゃないか、と。
そこで満足しちゃってたらホントはいけないんだけどねえ。
それにどれだけ早く気付けて、
どれだけ自分を高められるかの方が重要なことではあるのだけれど。

てなことを思ってました。
そうかそうかあっしの運の使い道はそういうところに主に使われているのな。
どーりで懸賞運が無いわけだ。納得。
という落とし方って良いのかな?そして思いの外文章が短いなあ・・・

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昨日来た夕刊だから一昨日の夕刊だわけですが、
それのコラムにこんなことが書いてあったですよ、というのを以下要約。

現在の高校は日本史が必修じゃないけれど、
日本の歴史や文化を知っておかないと、
グローバル化に本当に対応できなくなっちゃうんじゃないか。
ALTで来る外国の人の方がその辺を批判するらしいのだけれど、
それは確かにそうだ、というような話。

その中に具体的な話として、
ALTの先生が茶道と禅のかかわりについて説明を求めたけれど、
納得いく説明は返ってこなかった、とか、
『源氏物語』のストーリーを尋ねたら専門じゃないから、
ということで答えてもらえなかった、とか、
そういうのが書いてありました。
それを読みつつ、
『源氏物語』は国語便覧で内容をうっすら覚えたけれど、
茶道と禅てどんな関係がー!とか思った史学科卒。の、あっし。
うん、禅は『正法眼蔵』を読もうとして挫折したくらいだ!
もひとつ具体例に書かれてた百年前の文書だってすらすら読めるかどうか。

で、まあそっからいろいろ考えたんですが、
でも歴史の授業て、
思想の中身までは教えてくれないじゃないですか。
習っても大学で思想史、とかくらいで。
国文学の中にある考え方なんかも恐らく国文科の人くらいしか触れらんなくて。
専門で知るには結構な知識も時間も必要だけど、
皆が皆、そういう大学に進学するわけでもなく。
受験勉強に一生懸命で、
他のことが入り込む余地なんかないんじゃなかったかなー?という、
高校の進学クラスの記憶とか、
余すところなく引っ張り出してしまったですよ。んもう。
文学だって歴史だって美術だって、
なけりゃない、で生きていけるけども、
でも勉強すると楽しいし深いしで、
それを知らせてくれないんじゃどうしようも無いんじゃないのかなー、
と思うのです。

あ、そんで「思想」でまた展開してみて、
日本人において「思想」という単語の持つ印象、てのはどんなもんなのかなー?と。
ずーっと小難しいもんだと思ってて、
まあ挫折したからにはやっぱり小難しいんですけど禅の思想とか。
でもこう、
人間の考えられる深さを示しているものがきっと「思想」とか言われているもので、
こう、勉強や日々の暮らし方によっては、
孔孟老荘とか西洋の哲学家諸氏とか、
そのくらいのことだって考えうるんじゃないか、と思ったもので。
やー、思想家とかでご飯が食える人、て考えたらそれは一握りだろうけれど、
そもそも学ぶこと、てのは、
どれだけ考える力が身につくか、であって、
年表の丸暗記とかで意欲を削ぐことでは無いよなあ、と。

だから文化を学ぶにしても、
それをどうやって興味を持たせたら良いか、てところから始めないといけない、
そんな気がするのです。
だって授業嫌いのあっしがそう思うんだもんー。
とか、微妙にお前それを言ったら仕事柄どうなんだ、的なことを言ってみる。
ん?歴史と国語と美術は好きだったよ?あと体育。
まあ受け取る側のひとりの勝手な意見なので、
教える側はまたいろいろ考えるところがあるでしょうが。
でも基本的に、
そのコラムの自国を知ることから!ていうのには同意です。

ああ長い。しかも多分文章とっ散らかってるぞ・・・ひい。

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今実はこれを書いてる時点であんまり時間に余裕が無いのですが、
それでもネットに繋いでいるというバカもの此処にひとり。

えーと、最近何故か60年代が気になっております。
そもそもは短大の図書館にあった坂田明さんの『ジャズ西遊記』から始まって、
山下洋輔さんの本を読んで、てのがあって、
「うおお何この勢い!」と思ってたのですが、
最近ちょっと映画の『無責任』シリーズを見るに至って、
その勢いみたいなのがホントに気になりだしました。
何かこう、形に収まる以前に、
その型組からすでに自由だ、というような?
・・・今、これぞ、という言葉が思いつかないまま書いておりますよあしからず。
着地点に至るまでの過程が想像の過程を軽く越えてるような感じ?
完全に受身です。
エネルギーの中に巻き込まれたまんま気付けば終点で「ああでも面白かった」、
そんな感じです。
理由のつけようが無い。
ナンセンス、てこういう感覚でしょうか。
今、それが自分の中で、とても面白いことです。

あとヒッピー。サイケデリック。
めくるめく極彩色の展開。
ちょっと『バーニングマン』の本を見て、
色鮮やかなものに新鮮さを感じたりしております。
基本が水彩好きなので、
その辺はずっとそばに無かったものなのですが、
今頃面白くなってます。
・・・でもサイケデリックとかヒッピーて語るには薬の話も関わるような!
と、ネットで検索して焦る人。

とりあえず、深くて混沌としたエネルギーが、
余すところ無く放出されてた時代が60年代なんだろうかー、と、
今の段階で思う次第でございます。
何か良い本無いもんですかねえ?今度図書館で探すか・・・

そしてこの記事を明日までトップに置いとくのか、と考えて、
今更ながらどうだ自分、と思ってます。正直。
「どうしたー!」とお思いの友人諸氏いらっしゃいましたら気にしないで下さい。
知識欲みたいのがいろんな事象に触れた結果がこれです。
いつものことです。
上手い具合に自分の中で消化できたらまた落ち着くと思うので。

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自分ではフラットに生きてるつもりも、
まあいろいろ考えているらしく、
昨日は行き帰りで、
東野さんの『Human Noise』とフィッシュマンズの『宇宙 日本 世田谷』を、
聴きつつゴボゴボとしておりました。
ゴボゴボゴボ。

自分を騙さないで生きる、との辻村寿三郎さんの言葉がとかく響いた夜だったのさー。

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午前中、
テレビを見ながら祖母と話をしていたら、
保育園の送り迎えの話になって、
それから亡き祖父と、
祖父の茶飲み友達で、祖父の約1年前に亡くなったおじいさんの話になりました。
その辺も保育園の話に少しずつ関わっているんですが、
そういやそのおじいさんは、
亡くなる1週間前にもうちに来てお茶を飲んでいた、
なんてなことを祖母が話して。
何と無くその時うちにいた、ってことは思い出します。
うちの祖父は入院して亡くなったんで、
何処か覚悟もあったような気がしますが、
その方の場合はホントに急で、
吃驚したんだったなあ、てな話になってたのでした。

それからしばらくしてから、
「seba」管理人で友人である郁さんからメールが来ました。
そのメールの内容は、
今、夜になって考えると、
受信のちょっと前まで話していた内容にリンクしていて、
何だか因縁めいた、というか、
ちょっと不思議な感覚です。

それにしてもあまりに急な話で、
しばらく頭の中でずっとそのメールの話がぐるぐる回っていて、
とりあえず習字の締め切りが近いので書ききった後に、
自室のビデオをひっくり返して何か映像が残ってないかと思ったんですが、
「これに確か!」てビデオに若干カビらしきものが発生していてダメなのでした。
こんな時に自分の管理の甘さに苦しむとは思いませんでした。
笑えん。
仕方が無いので本だけ眺めて自分なりに偲んでみる。
郁さんに知らせてもらえなかったら、
いつ気付くか判らなかった話で、
だからかなしかったけれど、有難かったなあ、と思います。

自分の青春の、中心付近に確実にいた、あるひとりの人がいなくなるってのは、
何だかさみしいものなのですね。
有難う、でももっと、ちゃんと見ることが出来たら良かったと、
今頃に思ってしまうのです。

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プロフィール
HN:
シリュウ シノブ
性別:
非公開
職業:
足軽(にわか)。
趣味:
読書。音楽(聴くのみ)。等々。
自己紹介:
プロフィール画像は、
かつてのブログペットのけーわくさん。
記念にとっといた回。
しかし台詞はなんじゃこりゃー

どっかにハマるとしばらくそればかり、
ただし若干年相応ではない。
が、本人至って気にせず,
欣ちゃん言うところの
「はじめて聴いた時が新曲!」理論で
マイペースにやっております。
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